主にショートギャグを書いています

ライ麦泥棒つかまえて

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「ここは満員電車の中じゃないし、荷物が当たるような感じじゃなかったわよ!」
「もう、いいだろ。ババアはギャアギャアうるせえんだよ」
「何よ、私は被害者なのよ!」

それでも怒りが収まらない彼女に対して、さきほどの年配の男性の声が、「まあ、まあ」となだめてくれた。
「あの、申し訳ないのですが、もし許してもらえるのでしたら、この手を離してもらえませんか?」
「何言ってるの、もう掴んでないわよ。それにあんたも腕を捕まれたくらいで痛がりすぎよ」

そこで髪を引っ張っていた力が緩んだ。思わず頭に手をやり、まだ痛みの残る頭皮をしばらく摩っていた。
そこで少し霧が晴れてきたように見えた。日の光が差してきて、さっきより明るくなってきたし、目を開けていても真っ白で何も見えなかったのが、今は腕を目に近づければ腕時計の針も見ることもできる。時計では、時刻表にあるバスの到着時間よりも20分ほど過ぎていた。
その時、勢いよく肩に誰かがぶつかってきた。そのせいで、手にぶら下げていた旅行鞄が振り子のように大きく振られた。

「おれさ、最初に来たんだけど、誰もいなかったんでそこの自販機でジュース飲みながら、タバコ吸ってたたんだ。そしたら、霧が濃くなっちゃって何も見えなくなって、そのままあそこで待っていただけだから。横入りじゃないからな」

そいつは、僕が文句を言うよりも早く言い訳をした。それで納得したわけではないけど、いまさらここで「横入りだ」だとか、「横入りじゃ無い」とか、言い合いをするのはもううんざりだったので、僕は何も言わなかった。横で又言い争いを聞かされるのではと思っていた他の人も、僕と同じ気持ちだっただろう。それに、都会のバスと違って満員ということもないと思うから、自分の前に並んでいる人が一人増えたところで何も変わらない。

やがて車のエンジン音が近づいてきた。霧が段々と薄れてきたとはいえ、まだ視界は良くない。白い霧の中にライトの明かりが二つ、ゆっくりとこちらに向かって来ると、それはバス停の標識を少し通り過ぎたところで止まった。元は落ち着いたクリーム色の車体が、今では色落ちし所々さび付いていた。この古びたバスを見ていると、数十年前にタイムスリップした感覚に襲われる。そんな物思いはバスの前扉の開く大きな音によって突然遮られた。すると先ほど僕にぶつかってきた男が真っ先にバスに乗り込んだ。僕は彼のあとに続いて、バスのステップに片足をかけようとした。

薄くなった頭髪、華奢な体、そして皺の寄った茶色の安っぽいスーツ。背広から覗くワイシャツの襟足は薄黄色に変色し、いつアイロンをかけたのかすっかりよれているのが、背後からも見てとれた。

僕はステップに片足をかけたまま立ち止まった。急に止まったので、僕の次にバスに乗り込もうとしていた乗客が背中にぶつかってきた。
「ちょっと、何やってんの!さっさと乗りなさいよ!」
その声で僕は我に返った。「すみません」というと、僕は後ろに下がって、乗車の邪魔にならないように、脇にどいて、「僕は乗りませんので、先に乗ってください」と言った。女性はぶつぶつ言いながらバスに乗っていった。スーツを着た小太りの中年女性だった。これから仕事に行くのか、その割には化粧が濃かった。次は人の良さそうな初老の男性。そして、派手な格好の20ぐらいの若者。一度取り上げられたが、いつのまにか、またヘッドフォンで音楽を聴いている。

こんどは運転手に向かって、「僕は乗りませんから、このまま行ってください」と言った。バスは前扉を閉め、走り出した。この道路はもともと車の通りは少ない。行きに来たときもそうだった。バスが通り過ぎた後は、この道を通る車は無かった。辺りは心地よい風が吹き、暖かな日差しに包まれている。霧が晴れた。

(終わり)


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