主にショートギャグを書いています

ライ麦泥棒つかまえて

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会社や学校をサボるときの言い訳として最もよく使われるのが仮病だろう。体調などというものは本人しか分からないからだ。だからといって乱用しすぎると、診断書などの病気であることの証拠を求められることになる。なにより恐ろしいのは、あまりにも長期にわたって休みすぎると、自分の存在感そのものが失われ、久々に出席すると自分の机がなくなっていたりする。

今度は逆に、休みを告げられる方の立場にからしてみると、それが本当にかぜやインフルエンザなのか医師の診断書でも持ってこさせない限り確認の取りようが無い。中には無理矢理出社させたところ、本当にインフルエンザによる高熱でフラフラになっていたり、その反対に医師の診断書では鬱病は治っているにもかかわらず、自分は鬱病だと言い張って休み続ける強者もいる。結局の所、お互いの信頼関係なのだ。

新入社員の田中から係長の佐藤に電話があったのは始業時間を20分も過ぎてからだった。就業規則では遅刻欠席する場合、始業時間前に上司に電話で伝えることになっていた。

田中は研修が終わり技術開発課に配属されてからというものよく遅刻を繰り返し、佐藤が何度注意しても勤務態度が改まるということはなかった。佐藤も教育係の石井も最近ではもうほとんどあきらめていた。佐藤と石井の二人きりになる機会があると上司と教育係の立場から、どうしてあのような駄目な人を我が社は雇ったのかと、人事に対して愚痴を言い合っていた。

佐藤のデスクの上にはまだ目を通していない書類の束が積み重なってはいたが、ただ漫然と重ねられたわけではなく、緊急度などによって目を通す順番に並び替えられていた。佐藤が新製品の試作品の実験データに目を通していると、デスクの右端におかれた電話が鳴った。受話器に手を伸ばしながらちらりと目をやると内線ではなく社外から掛けられたのだと分かった。

受話器を取り上げ会社名、部署、名前を告げる。すると、受話器の向こうから田中のいつもの落ち着き払った声が聞こえてきた。

「もしもし、田中です。連絡が遅くなってしまって申し訳ありません。今日は、会社を休ませてください」

田中は何があろうと、焦ったり、声を荒げたり、動揺したりすることはない。しかし、こうした態度はいつも佐藤をいらつかせた。配属された当初はその様子から、腹が据わって何事にも動じない、今時珍しい器の大きな人物かと佐藤も密かに期待していた。ところが、何度教えても簡単な仕事が覚えられない、ありえないような単純なミスを繰り返す、自分のデスクや仕事の後片付けが全く出来ない、など他の新入社員と比較しても劣っていることは明らかだった。しかも、まだ恐縮したり落ち込んだりすれば可愛げがあるというものの、失敗をしても堂々とした態度はミスを他人ごとのように思っていると、佐藤には見えた。

遅刻が多く時間を守れない、仕事が覚えられずミスも多い。どうしてこんな人物が入社できたのか不思議でしょうが無かったが、次第にこうした見た目の態度や雰囲気に面接官も惑わされたのではないかと考えるようになった。

そして、同じミスを何度も繰り返しても落ち着いているのは、ただ何の反省もしていないからに違いない、と思い至った。そこで、上司としてはただ失敗を指摘するだけではなくて、失敗の原因と改善策まで田中に考えさせて、レポートにまとめて提出させた。しかし、それでも効果は上がらず、原因と対策とどうしたらそれを忘れずに実行出来るのか、対策を実行するための対策までをまとめさせることにまでなっていた。

「それで欠勤の理由は?」

今までの遅刻の理由のほとんどは「朝起きられないから」だった。遅刻はしょっちゅうだったのに対し意外と欠勤は少なかった。欠勤理由として多かったのはかぜなどの体調不良だった。

「宇宙人に誘拐されました」

「それで、昨日は何時まで飲んでいたの?」

いつも通りの理由に違いないと思い、それであのような質問をしたが、そこで初めて彼がおかしなことを言い出してることに気がついた。

「・・・?、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれ」

「ですから、宇宙人に誘拐されました。彼らは体には体毛のようなものは一切無く、耳、鼻、唇や性器も見受けられず、目は大きく黒目の部分だけ、分かりやすく言うとグレイ型の宇宙人ということです。しかし、頭は体全体と比較して確かに大きいのですが、いわれるよに細長い頭ではなく、ヘルメットのように丸い頭をしています。なによりも驚くのは、表情があることです。頬に当たる部分が上に持ち上がり、唇はないのですが、それにつれて唇の両端に当たる部分が少し持ち上げられています。一言で言うと笑っているように見えます。さらに、体は筋骨隆々でプロレスラーみたいです。しかし、身長は160センチで平均的な成人男性の身長よりもやや低いです」

「・・・」

「彼らは肉体だけでなく、頭脳においても我々よりもすぐれているように思われます。それは彼らの優れた科学力によって証明できます」

「・・・何か変な薬でもやってるのか?」

「いえ、頭がおかしくなったわけでも、朝から酒によっぱらっているわけでも、いままで見ていた夢と現実の区別が付かなくなったわけでも、おかしな薬によるものでもありません。いたって正常です。信じられないでしょうが、現実に私は彼らの宇宙船の中で彼らに取り囲まれています」

「・・・もう今日は会社来なくて良いよ。今日は医者行け。それで医者が直ったと言ったら出社するように。そのうち休暇届の用紙を郵送するから、病気療養と記入したら送り返してくれ」

「もう、こいつは駄目だ」と佐藤は思った。誰しも仕事に行きたくないということはあるだろう。特に新人のうちは分からないことだらけで上司や先輩から怒られてばかりだ。中には精神を病んでしまう人までいるという。だから、理由をつけて会社をさぼることまでは、許容はできないが理解はできる。理由をでっちあげるにしても、「体調が悪い」とかいろいろあるだろう。それがよりにもよって「宇宙人にさらわれた」だと?

その時、佐藤は田中に対して、自分のよく知る街中で得体の知れない生き物に出会ったような、底知れない薄気味の悪さを感じた。鬱病などとは全く異なる心の病を抱えていることがはっきりしたからだ。あの、落ち着き払った態度もこのことと無関係ではきっとないだろう。ここはさっさと電話を切って、こいつとの関係そのものを断ち切りたい、そう願った。

そのためには、病気の療養を強く勧めて長期休暇を取らせる。そして、回復の見込みがないことから、依願退職へと持っていく。そのために必要なことは医師の診断書だ。それに、いずれ人事とも話を通しておく必要があるな。

今後のことに頭をめぐらせながら佐藤が電話を切ろうとすると、田中が話しかけてきた。

「ちょっと待ってください。実は宇宙人が私の横にいて、電話を替わってくれと言っています」

こちらが彼の話を信じた様子がないので不安になったのか。佐藤はもうこんなおかしな奴とは関わりたくないと思う一方で、日頃落ち着いた田中が答えに窮して慌てふためく様子にも興味がわいて、電話を替わることに承諾した。おそらく、横にいる友人に演技をしてもらうのか、パソコンの音声合成ソフトでも使うのか。

「もしもし、はい、お電話変わりました。宇宙人の山田です」

・・・横にいる友人は宇宙人の演技などせずに、普通に喋ることにしたのか。しどろもどろに宇宙人の演技をするところを、思い切り馬鹿にしてやるつもりでいたが、肩すかしをくったようだ。少しぐらいは演技しようよ。少し期待を裏切られた思いをしながら、佐藤は答えた。

「宇宙人さんは我々人間と全く変わらない声なんですね」

取りあえず、話に乗った振りをして質問してみた。

「私は山田です。これは私自身の本来の声ではありません。我々の声は人間の可聴範囲を超えています。これは喉に取り付けたボイスシステムによるものです」

「宇宙人さんはどこの星から来たのですか?」

「ですから、山田です。宇宙人の山田です。我々がどこから来たのかは言えません。この星に来たばかりで、この星の住人がどのような人々なのか分かりません。もしかしたら、非常に凶暴で進んだ科学技術を持ち、我々のことを知って逆に我々の星に侵略しに来るかも知れないからです。ですから、それを確かめたいと思います。おしゃべりはここまでです。いいですか、これから私が言うことにおとなしく従ってください」

「ちょっと待ってよ、宇宙人さん。僕は、もっと宇宙人さんのこと知りたいなあ」

「だから、山田だって言ってんだろ!人の話聞けよ!?」

いきなり、怒鳴りだした。こうなったら「宇宙人なのに山田なのか!」というように、宇宙人の名前に突っ込んだりはしないぞ、と頭にきた佐藤も意地になった。

「怒らないでよ、ね。それで何なの?」

「この田中次郎を我々は誘拐した。田中のことが大事なら、我々に身代金を払え。身代金は1000兆円だ」

馬鹿も休み休み言え。この馬鹿に1000兆円どころか100万円の価値もあるものか。こっちが迷惑料として金をもらいたいくらいだ。そんな心の声はおくびにも出さずに、佐藤は答える。

「1000兆円は高いなあ。ちょっと払えないよ。そうなったら田中はどうなっちゃうの?」

「田中次郎には死んでもらう。ハラキリだ」

「それは困ったなあ。もうちょっと安くならない?」

「それは田中の命の値段を下げることだ。10円でいい」

「10円なら払えるよ。じゃあ、10円で」

「ちょっとまて。・・・・・・・・・田中から今『俺の命の値段はそんなに安くない』と言われた。この星のお金の価値というものがよく分からない。今、お前の財布の中にはいくら入っているか?」

「今日、飲み会があるから、5000円でいい?」

そこで受話器から音がしたかと思うと、今度は田中の声に変わった。

「すみません、係長。嘘をついていました。昨日会社帰りに秋葉原に寄ったら、こいつが街中に立っていまして、話を聞いたら宇宙からアニメのキャラクターの美少女フィギュアを買いに来たけど秋葉原は初めてだからよく分からないと言うんですよ。そこで街を案内していたら意気投合して。でも、やっぱり地球人のことは信用出来ないっていうから、狂言誘拐を思いついて。いつも失敗ばっかりして迷惑を掛けているそんな僕のことを見捨てずに、一生懸命指導してくださっている係長なら今度も必ず助けてくれるって、そう信じていました。理由はどうあれ、係長を試すみたいな事をして済みませんでした」

「あ、ああ、そうか。とにかく今日はゆっくり休んで医者に見てもらうといい。それから疲れているようだからしばらく仕事のことは忘れろ。くれぐれも休暇届は記入したら送り返してくれ」

「ああ、待ってください。山田が係長と話がしたいって言っています」

そこで山田は田中から携帯電話を受け取った。

「君を試すようなことをしてすまない。もし、君が田中を見捨てるようなことがあれば、私はためらわずに人間をすべて滅ぼすつもりでいた。だが、そうなってしまってはもう二度と美少女フィギュアが手に入らなくなる。しかし、秋葉原の街で道に迷った私を、他の人はジロジロ見るだけで通り過ぎるのに、田中だけは立ち止まって話を聞いてくれた。助けてくれた。だから、私も地球人を信じることにした。だが、信頼できる地球人が一人だけでは、残りの地球人が私たちの星を侵略に来るかも知れない。他にも信頼できる地球人がいることを確かめる必要があった。あなたのことは田中から聞いた。あなたこと信頼できる地球人だと。田中のことは任せてくれ。必ずあなたの元に送り届ける。ただ、その前に田中にいろいろ見せたいものがある。我々の星は田中が行くには遠すぎるが、我々の基地がこの太陽系にもある。そこに田中を案内したい。あなたには感謝している」

「係長、ではまた」

最後に再び田中に戻ると、こう言って電話は切れた。なんだ、この三文芝居は?
そう思いながら受話器を置いた。

翌日、やはり田中は会社に来なかった。療養を勧めた手前、それは構わない。だが、せめて欠勤の電話連絡だけはするように昨日言うべきだったと後悔した。その日の昼休み、食堂は人だかりの山だった。この日はNASAによる人類初の火星への有人飛行で、宇宙飛行士が火星に降り立つ予定だったからだ。しかもその映像が中継されテレビやインターネットで見られるという。予定ではもっと早い、日本時間でいうと早朝のはずだったのだが、向こうでちょっとしたトラブルがあって時間が延びたため、運の良いことにちょうどお昼時にその映像が生中継で見られるということになったのだった。

社内はネットにつないでスマートフォンで個人個人で見る者と、もっと大きな画面で見たいと、食堂にあるテレビに釘付けになるものとで別れた。佐藤はテレビで見ようと食堂に行き、昼食そっちのけでテレビにかぶりついて見ていた。やがて、映像は宇宙服に取り付けられた小型カメラの映像に切り替わった。そして火星探索船の扉が開き、火星の赤茶けた大地と空とが映るはずだった。

しかし、扉が開くとそこには宇宙服を着込んだ人物がカメラの真正面に立っていた。おそらくその映像を見ているみんなが、それは先に地表に降り立ったクルーの一人だと思ったことだろう。本来は一人が先に地表に降りて、次の一人が地表に降りる映像を探索船の方にカメラを向けて取る。彼はあくまでカメラマンなので、最初の一人とは数えない。はじめて未踏の洞窟に踏み入れる、といいながらその映像を洞窟の中から撮影するようなものだ。それが何らかの事情で撮影が不可能になったのか、そんな思いを抱いていた。しかし、そうではなかった。そうではないことは、テレビから流れる彼の話で分かった。

「佐藤係長、すみません火星で寝過ごしちゃって、今日も遅刻します」

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