主にショートギャグを書いています

ライ麦泥棒つかまえて

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ドミノをつまみ上げると、他のドミノにぶつけないようにゆっくりと慎重に、その時息は極力おさえ、体の隅々にまで意識を這わせながらゆっくりと床に置いていく。腕のわずかな震えが大きく感じられる。

こうしてドミノを持ち上げ並べるという動作を延々と繰り返していくうちに、自分がドミノを並べるための機械になったような気がしてくる。

僕は引きこもりをしていた時期があって、いまでは普通に生活ができるけど、職歴の空白期間、つまり何も仕事をしていなかった時期が長いせいでどこも働き口が見付からなかった。自業自得と言ってしまえばそうなる。雇ってくれそうなところはあまりに仕事が厳しそうだったり、面接官からしてまるでヤクザのようだったりしてとても続けられそうにないところばかりだった。

そこで、給料は安かったり不安定な雇用条件であっても、日雇いなどの短期の仕事を派遣会社から紹介してもらって食いつないでいた。

20歳から12年間引きこもっていた僕がどうやってそこから脱したか。老いた父が倒れたからだ。いままで親のすねをかじってきたけど、もうそんなものはない。僕が少しでも両親を支えないと。だけど無理は禁物だ。高校を出て就職したのはパン工場だった。朝5時から夜は11時まで働いた。週一日の休日には死んだように眠っていた。目が覚めると辺りは真っ暗で朝早く目が覚めたのかと思っていた。ところが、それは仕事が終わって布団に入ってから、休日である翌日の昼になり、そしてその日の夜までほぼ丸一日経っており、24時間以上寝ていたことになる。寝ぼけながらトイレに行った記憶はかすかにあるけど、食事は全く取っていない。

そんな生活に耐えられなくなり、ある日寮を抜け出して実家に戻った。会社から班長や同僚が連れ戻しに来るような気がして、昔のままに残された自分の部屋に入るなり、ドアを開けられないように鍵をかけて、さらに内側から板を釘で打ち付けた。部屋にはありったけの水と食料を買い込んでおいた。空いたペットボトルはトイレの代わりにもなる。しばらくして、階下のトイレとたまに風呂に入りに行くために、ドアに打ち付けた板ははがした。だけど、家から外へは出られなくなった。自分の部屋からも極力出たくなかった。

それが定年退職した父が病で倒れ、その看病で母も家を空けることが多くなった。自分のことは自分でしなければならなくなったし、治療費など経済的な負担もある。そこで派遣会社や無料のアルバイト情報誌などで仕事を探しはじめた。

そこで見つけたのが、テレビの番組製作会社での募集だった。これは番組製作スタッフではなくて、ドミノ倒しで世界記録を狙うという番組の出演者を探していた。だけど、テレビ局が番組を製作するのではなくて、いわばその下請けの番組製作会社によるものなので、予算が少ない。現在のドミノ倒しの世界記録は個人ではシンガポールでの30万3621個だ。1年でも毎日800個以上は並べなくてはならない。それだけの期間を拘束することは有名な芸能人では無理だ。ギャランティの問題もある。そこで素人参加番組として一般公募によって出演者を決めることになった。

出演者は一人だけ。あくまで番組内でいくつかある素人参加企画のうちの一つでしかないからだ。その代わり拘束期間は一年で、衣食住こそ提供してもらえるけど、素人なので番組出演料は100万円だけだ。おそらく番組収録がはじまったらこれにつきっきりになるだろうから、年収100万円ということになる。あまりにも出演料が安すぎるので、応募したのが僕だけだった。僕にとっては衣食住が保証されるだけでもありがたいと思っていた。

ドミノ倒しは某所にある使われなくなった古い体育館を借りて行われる。それから、どのようにドミノを並べるのかというのは、ちゃんと番組のスタッフで設計図のようなものを作ってくれており、本当にただドミノを並べるだけの仕事だ。簡単なんだけど、逆にそのことが飽きやすい。大事なのは手先の器用さや素早さではなくて、どれだけ飽きずにつづけれれるかなんだ。

こうして毎日毎日ドミノを並べていたけど、初めて2週間で大きな問題が起きた。ドミノを並べているときに不注意でドミノを倒してしまっても、いままで並べた全部が倒れることがないように、要所要所でストッパーを欠けることにしている。本番のドミノを倒す前にはもちろんこれは外す。だけど、あるとき体育館にいくとストッパーの周辺以外のドミノは全て倒れていた。真夜中に大きな地震があって、地震が収まると気が気でなくてあわてて体育館に向かった。不安に思ったのは僕だけではなくて番組スタッフも同じだった。彼らは僕のあとすぐに体育館に駆けつけた。

2週間かかって並べたドミノが倒れたのを見て、僕はただ立ちすくんでいた。それでも再び並べ直すしかないことは分かっているんだけど、頭が真っ白になって何の考えも浮かばないし、考える気力すらもなかった。

ただ、立ちすくんでいる僕と違って、番組スタッフはすぐにどうするか話合っていた。スケジュールの遅れはどうしようもない。その分番組制作費もかかることになる。放送スケジュールにも遅れが出る。ただ、まだ収録が開始されて2週間に過ぎない。スケジュールの遅れという問題はそれほど大きくない。問題なのは出演者である僕だ。

今後続けられるのか、もう諦めるのか、プロデューサーさんが考える時間をくれた。もし、心が折れてもう続けられないとなったら、代わりの人を探すことはせずにこの企画はもう終わりにする。だけど、君はそんなことは気にせず、最後までつづけられそうかそうでないかを考えて答えを出して欲しい、そのように言ってくれた。その心遣いがとても嬉しかった。

2週間の努力が無駄になって、確かにショックは大きかった。だけど、ここでまた投げ出してどこへ行くんだ?いまがんばらないと、ここでがんばらないと、もう二度と立ち直れない、そんな気がした。また引きこもり生活に戻りそうな、そんな自分が怖くなったのかもしれない。僕はプロデューサーさんに「続けます」と答えた。

慣れてきたせいだろう。2週間かかって並べたドミノは、今度は10日間で並べることが出来た。こうして再びドミノを並べる日々が続いた。そうしてついに世界記録の30万6321個を1個更新して30万6322個並べることに成功した。ドミノを並べ始めてから11ヶ月と28日が過ぎていた。あのとき人差し指の先でドミノを倒した、あの感触は一生忘れないだろう。カメラに撮られていることも忘れ、感極まって大泣きをしてしまった。

そのあとの人生はとんとん拍子にいった。ドミノを並べているときはテレビを見る暇もなかったので、自分がどのように撮影され放送されているのか全く知らなかった。だけど、自分が考えている以上に世間から注目されていたらしい。あのあと、職探しで面接を受けに行くと「ああ、ドミノの人」とよく言われた。コツコツとまじめにドミノを並べている様子が好意的に受け取られ、小さな町工場だけど正社員になることもできた。

そこで事務をしている女性と知り合い、結婚もした。子供も出来た。あのドミノ倒しで逃げなかったからこそ、今の人生があったんだ。そうして僕は年老いた。老いた両親を助けるため、引きこもりから抜け出してドミノを延々と並べた、あのときの両親よりも歳を重ねた。ドミノは最後に倒れたけど、僕は最後まで倒れなかった。だけど、もうドミノは見たくない。

老いた僕はこうして幸せな人生を歩んで死んだはずだった。だけど、気がつくと僕はあの体育館にいた。体育館をぐるっと見回すと番組収録のための機材があちこちで倒れている。何より不思議なのはどうして並べている途中に倒れたドミノの山が、目の前にあるのだろう?

照明が付いているとは言え、薄暗い体育館で立ちすくむ僕に、あのドミノ倒しの番組プロデューサーが近づいてきた。

「スタッフや上層部と話し合った結果、ドミノ倒しを続けるかどうかは君が判断してくれ。このまま最初から続けるか、それとももう心が折れてしまってここで辞めるか。その場合、番組収録はここで中止になるけど、君はそのことは気にしなくていい。続ける場合でも2週間のスケジュールの遅れがでるけど、遅れを取り戻そうとあわててやる必要はない。とにかくしばらく考えて答えを出して欲しい」

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作者による自己解説

  1. 2015/03/29(日) 19:45:24 |
  2. URL |
  3. マッカチン大佐
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Q最後時間が巻き戻された?
Aいえ、途中から長い夢を見ていただけです。
Q元ネタある?
A有名な、「邯鄲の夢」のパクりです。
Qなんか似たようなの見たことある
A邯鄲の夢はいろいろなところに影響を与えていますから、全く知らない方がめずらしいくらいです。押井守氏の「ビューティフルドリーマー」が有名ですね。
Qなんでこんなお話書いたの?
A最悪の夢オチとして。自分としてはホラーのつもりです。


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