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ライ麦泥棒つかまえて

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旅行好きの友人に勧められ、土日を利用して長野のある温泉旅館に泊まった。そこは交通の便こそ良くないが、なるほど友人が穴場というだけあって騒がしい団体客などおらず、僕の他には家族連れの客が数人宿泊しているだけだった。もっとも旅館といっても田舎の旧家を改装して、大浴場とはほど遠い、家庭のお風呂の数個分の大きさの浴場に温泉を引いただけの、こぢんまりとした旅館なので、もし仮に数十人規模の団体客が押し寄せただけで客達は廊下で寝ることになるどころか、寝具すら足りないのではないか、と思えるほどだった。

四十肩という言葉があるように、40歳を越えたあたりから、やはり体のあちこちにガタが出始めるようだ。腰やら肩やら慢性的な痛みに悩まされていたが、温泉に入ると嘘のように体が軽くなった。まあ、湯治というように、体を治すなら温泉と信仰のように思っているので、思い込みによる効果も大きいかもしれないが。

旅館は山裾を背にして建てられており、料理も手打ちそば、山菜の天ぷら、鯉濃まではこの土地ならではという感じがしたが、何を思ったのか刺身がついてでてきたのにはやや興ざめした。旅行であるならば、やはりその土地で採れたものを食したい。もてなしの心は理解できるのだが、それよりも蛇足とはこういうことを言うのだとこのときほど痛感したことはない。

週末を利用しての旅行なので、悲しいかな旅館でのんびりとはいかない。このあとは付近の城跡などの史跡でも見物して返るつもりだったので、翌日は朝早くに出発した。旅館に来るときに利用したバス停で、昨日のうちに帰りのバスの時刻もあらかじめ確かめておいた。そうでなければ場合によっては一時間以上も待つことになっただろう。

天気予報では朝方は濃霧が発生するといっていたが、旅館を出た頃からすでに霧が立ちこめ、二十分ほど歩いて県道にあるバス停に着く頃には、すっかり霧でまわりが見えなくなっていた。バスの停留所と言ってもそこには「宮ノ下」と書かれた標識が置いてあるだけだ。そこで標識に掲示された時刻表でバスの時間を確認していると、霧はさらにどんどん酷くなり、ついにはバス停の標識さえすぐそばまで近づかなければ見えないほどになった。

目の前にあるはずの標識すら見えないほどに、視界が真っ白な霧に覆われていくことに怖くなって、あわてた僕は標識に頭をぶつけてしまった。「真っ白な闇」とでもいうのだろうか。しかも、車の通る音どころか、何の音も聞こえない。しばらく、荒い息をしていたが、だんだんと呼吸が落ち着いてくるにつれ、恐怖心も薄れてきた。この霧では旅館を出るのがもう少し遅ければ、間違いなく道に迷っていただろう。

時間を確認しようと腕時計を見るが、自分の腕が見えない。これではバスを待つどころの話ではない。交通機関は完全に麻痺しているだろう。濃霧といったところで、視界が全く効かないほどに深く霧が立ちこめるとは思ってもみなかった。もしかしたら、この土地独特の地形や気象が影響しているのかもしれない。

どこかで霧が晴れるまで時間をつぶせる場所があればいいのだが、あいにくここにはそんなものなどない。せいぜい、いままで泊まっていた旅館くらいだ。とは言うものの、こうまで視界が悪いと旅館に戻るどころか、まっすぐに歩くことさえおぼつかない。行きに来たときの記憶を元に、バス停の周りがどうなっていたのか思い出そうとしてみる。バスが通っているこの県道は片側一車線ずつ、計二車線の道路で、どちらの車線にも歩道にはバス停の標識がある。片側は歩道際のガードレールの向こうが2,3メートル低くなって小川が流れているはずだ。今現在いるのは、この小川の流れている側にあるバス停だ。

旅館から下ってくる道は、この県道に突き当たる。道路を挟んでここから右手に見えるT字路がそうだ。T字路には行きに利用したバス停がある。行きにはバス停のすぐ横に立っている自動販売機でジュースを買って飲んだ。

空き地に自動販売機がぽつんと立っていて、いったいどこから電気を引いているのかが気になったので記憶に残っている。そこまでは駅からバスを乗り継ぎ、右手に小川、左手に林という景色を車窓から眺めてやってきた。そしてバス停のその先の道はカーブしており、数十メートル向こうにようやく家が建ち並んでいるのが見えた。もちろん、今は見えない。それらのどれもが、深く白い霧に包まれている。

霧が晴れるまでただ突っ立っているのも疲れるので、ガードレールでも何でもいいから、とにかく腰掛けられるものはないかと、体の向きを変えるために一歩下がると、足の下で何かを踏みつける感触があった。すると、「痛い」と声がした。条件反射で「すみません」と謝ったものの、他にも人がいたことにそこで気がついて驚いた。おそらく、僕がバス停に到着したすぐ後、霧がここまで酷くなる前に着いたのだろう。僕は時刻表を見ていたのと、視界が真っ白な霧で覆われていくことに気をとられて、誰かが後ろに並んだことにすら気がつかなかった。

「ちょっと、押さないでよ」
どうやら女性のようだ。僕はまた「すみません」と謝った。彼女は地元の人だろうか。この霧のことを知りたくて、尋ねてみた。


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