主にショートギャグを書いています

ライ麦泥棒つかまえて

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少女は怯えていた。

彼女の目の前には三人の男が立ちふさがっている。彼らはそれぞれが目の奥に凶暴な光をたたえ、冷たい視線で少女を見下ろしながら薄ら笑いを浮かべていた。

一人は大きなビア樽のように太った男、もう一人は病的なまでに痩せて目を異常にぎらつかせている。そしてもう一人は丸太のような腕をしたプロレスラーのような大男。この男は常に二人の背後にいて、三人の中での上下関係を表していた。

少女は三人の男から少しでも離れようとして後ずさる。しかし、背中に当たっているビルの壁のせいでこれ以上後ろに下がることが出来ないでいた。震えて、この場から消え去ろうとするかのように小さく体を縮めている様子は、まさに獣に追い詰められた小動物のようだった。

彼女は母親からこの辺りは昼間でも危険だから決して近寄らないようにと、きつく言い聞かされていた。仕事もせず昼間から酒を飲んでいるような輩が集まるこの一帯のことを、この街の住人達は「掃き溜め」と呼んで蔑んでいた。

通りには酒場、売春宿などいかがわしい店が建ち並び、路上にはそういった店の客引きや違法な薬の売人が馴染みの客と話し込んでいたり、酒瓶を片手に道端に座り込んで通行人に濁った目を向けていたり、喧嘩によるものか血まみれで地面に横たわっている者もいた。

警察もパトロールを強化してはいるが、犯罪件数に対して余りにも所轄の警察官の数が少なすぎるため、とうの昔に匙をなげていた。

以前、無謀にもキリスト教のある宗派がこの通りに修道院を建てた。この通りの人間が犯罪に手を染めるのは貧困と、それによって満足な教育を受ける機会がなかったせいだ。神の御心によって彼らを導き救済する、そのように考えた。しかし、一週間も経たずに修道院は閉鎖された。そこのシスター全員がレイプされてしまったからだ。被害にあった女性の中には60歳を越えたシスターもいたそうだ。

もちろん、これが夜なら少女もこの通りを通り抜けようなどとは考えなかっただろう。夜にここを通るのは売春婦か水商売の女かヤクザの情婦かのいずれかだ。しかし、今までこの通りを通ったことが無かった少女は、昼間なら人通りもあることだし、通り抜けられると思ってしまった。

彼女は近道をするために、母親に堅く禁じられていたこの通りを通り抜けようとした。彼女の母親が突然倒れたと学校に連絡があったからだ。

確かに、昼間なら人目はある。しかし、彼女が助けを求めて道行く人に視線を向けても、何かをぶつぶつ呟きながら地面を見つめたまま通り過ぎるか、彼女と目が合ってもニヤリと笑ってこれから行われるであろう少女の陵辱ショーを見物しようとして立ち止まるか、そこを通りがかる者で誰一人として彼女の叫びを聞こうとする者はいなかった。

少女は絶望した。自分の考えの甘さと愚かさに。足下のアスファルトにぽつぽつと涙のあとがついた。

その時、少女はその力強い声をはっきりと聞いた。三人の男たちも聞いた。ギャラリーとしてその場に居合わせた全員が聞いた。

「ここから失せろ、今すぐにだ!!」

皆が声のした方向を振り向いた。そこには、ボロボロの黄色いタクシーが止まっていた。タクシーの後部座席から一人の男が降りてきた。それは、髪を七三に分け、度の厚い黒縁眼鏡をかけて紺色のスーツを着ている、ちびのサラリーマンだった。

その貧相な体格を見て、あまりの予想外の人物像に皆が一瞬言葉を失った。しかし、次の瞬間、それは笑い声の渦に変わった。三人の男達も腹を抱えて笑った。ギャラリー達も涙を流して笑った。少女だけが笑わなかった。

そのサラリーマンが少女の方に行こうとすると、背後から肩を掴まれた。振り向くとそこにはタクシーの運転手が立っていた。髭を生やし、頬と腕まくりしたシャツからはみ出ている、太い二の腕にはひきつれのような傷跡があった。

運転手は「おまえが身ぐるみはがされてぼろぞうきんのようになる前に運賃を払え」と言った。彼は「今は取り込み中だから後で払う」と答えた。運転手は「いますぐ車に乗って逃げるのなら、支払いは待ってやる。だが、奴らとやり合うのなら今払え」と言って聞かなかった。彼は渋々財布を取り出し、几帳面に金を数えてきちんと金額を確認してから運転手に金を渡した。二人のやりとりを見て、さらに笑い声は大きくなった。少女は両手をきつく合わせると目をつぶっていた。彼を見ているとどうしても失望感が沸き起こってしまうからだ。

彼は三人の男達の方に向かって再び歩き出した。三人の男の中から、まずデブが前に出た。もうじき二人の間合いがぶつかるというところで彼は立ち止まった。皆が彼に注目した。彼は持っていた黒革の手提げ鞄を丁寧に地面に置くと、スーツの上着を荒々しく脱いで丁寧に畳み鞄の上に置いた。そして、ネクタイを強引にほどきそれも丁寧に畳んで上着の上に置いた。さらに、ワイシャツのボタンをぎこちなく外すと、それも荒々しく脱いで丁寧に畳んだ。白いタンクトップの下着を脱ぐと、そこにはあばら骨が浮き出て、鶏ガラのようにがりがりに痩せた貧相な肉体が現れた。

彼は両腕をあげてファイティングポーズをとった。絶望的なまでの体格の差など全く気にしないかのように、大きく踏み込んで渾身の一撃を放った。しかし、その直前、デブに頭をつかまれたため、間合いを詰めることが出来ずにパンチはむなしく空を切った。

思った通りの展開に見物客たちはまたどっと笑い声を上げた。この後の展開も容易に想像できた。デブに一発殴られてそれでおしまい。気を失ったところをサッカーボールのように足蹴にされて、飽きたところで見物客に財布から服まで身ぐるみはがれて道の隅っこに転がされる。もし生きていたらみんなが忘れた頃に目を覚ますだろう。

彼は頭を捕まれたまま、足を大きく振りかぶってデブの股間を蹴り上げた。デブは股間を押さえて前屈みになった。デブの顔の位置が下がった。彼はアスファルトに穴が開くのでは無いかというくらい激しく踏み込むとデブの顎に掌底をフックぎみに叩き込んだ。その一撃で脳を揺さぶられ、デブの意識は吹っ飛んだ。そのまま糸の切れた操り人形のようにその場にへたり込んだ。その光景を見ていた全員が声を失った。

デブの後ろにいた、痩せて目をぎょろつかせたガイコツのような男が真っ先に我に返った。ガイコツは何かを叫ぶと懐からバタフライナイフを取りだした。

サラリーマンは待て、とでもいうように右手をあげてガイコツを制すると、鞄の前まで戻り中から何かを取りだした。それは携帯電話だった。そのまま電話を掛けると、「トラブルに巻き込まれまして、アポの時間に遅れそうです」、「申し訳ありません」などと言いながら、目の前に誰もいないにもかかわらずしきりに頭を下げていた。

ガイコツはハッと再び我に返ると、チビになめられたと激怒して青白い顔を真っ赤に変えた。そして目の前のこのチビを刺し殺すつもりでナイフを突き出す。しかし、ナイフが肉を破って相手の体深くに突き刺さる感触が全く感じられなかった。自分の手がナイフを掴んでいる感触すら無かった。手には何も握られて無かった。ただ、手の甲に酷い痛みだけが遅れてやってきた。

チビを見ると携帯電話の代わりにいつのまにかヌンチャクが握られ、右手に握られていたヌンチャクが脇の下で左手にバトンタッチされ、今度はそれが一回転すると左脇の下で右手に移動する。その一連の動きが高速で繰り返されていく。しかも、それは繰り返されれば繰り返されるほど早くなっていく。とうとう目で追いきれなくなったとき、側頭部に激しい痛みを感じ、その後のことは覚えていない。

足下に倒れている二人をまたいで大男が前に進み出た。目の前の小男を見据える。大人と子供以上の体格差を前にして、怯えやためらいは微塵も感じているようには見えない。彼からこちらは巨大な壁のように見えていることだろう。二人に勝っていい気になっているのか、それとも銃でも隠し持っているのか。

彼はヌンチャクを鎖の部分で二つ折りにすると、それを鞄の中にしまった。今度は何も武器を持たずに大男の前に進み出る。大男はそれを見ると首をふった。彼はそんなことは気にせず、いきなり股を開いて腰を落とし、右のももを体ごと持ち上げ、思い切りアスファルトの上に足を踏み下ろした。今度は左のももを上げ、思い切り左足を踏み下ろす。そして思い切り腰を落とし前屈みになって両手を地面についた。彼の目はこちらを射貫くように鋭く見つめている。

大男は彼のこの動きの意味を知っていた。確か、スモウとかいったな。俺の知っているスモウレスラーというのはもっと良いガタイをしているはずなんだがな。とにかく、スモウタックルでくるつもりか。お前は知らないだろうが、俺はもともとアメフトをやってたんだぜ。お前なんか一発で月まで吹っ飛ばしてやる。彼もまた腰を落として右肩を前につきだした。

山のような大男と子供のように小さな男。二人は向き合ったまま微動だにしなかった。ただ、弓が矢を放つその瞬間まで、極限まで力を蓄えしなるように、二人それぞれの体内に力が蓄積されていった。やがて一瞬の爆発でそれは開放されるのだろう。その場には咳払いすらためらわれるような、張り詰めた緊張感に包まれていた。誰もが黙って事の成り行きを見つめていた。少女はそれこそ祈るような気持ちで彼のことを見ていた。組まれた両手には知らぬ間に強い力が込められていた。

ふいに通りの近くで車のクラクションが鳴った。その音を合図として、両者が前に飛び出した。矢は同時に放たれたのだ。そして、二人は激突した。したと思った。大男はその瞬間、何の手応えもなくこの小男の体をすり抜けた。気付くと道端のゴミ捨て場にならんだゴミバケツに体ごと突っ込んでいた。その様子はまるでピンを弾いて転がるボーリングの球のようだった。

彼はゴミ捨て場で上体を起こした。何が起きたのか、まるで理解できなかった。体にダメージは全くなかったが、無意識のうちに二三度頭を振っていた。

大男がこちらを嘗めきっているのはわかっていた。これだけの体格差があれば誰でもそうなる。そこでタックルでの勝負を持ちかければまず乗ってくると考えた。タックルとなれば馬鹿みたいに一直線に突っ込んでくるので、容易に軌道が読める。そこにタイミングさえ合わせれば横に移動してかわすことは簡単だった。そして狙い通りにゴミ捨て場に突っ込んで体を起こしている大男の背後に回り込んだ。

後ろからその広く大きな背中に飛びついた。両脚で男の胴をしっかりと締め付け、体を密着させる。その姿は父親が幼い子供を背負ったように見えた。そして右腕を大男の首に回し、そのまま右手は肘を曲げた左の二の腕をがっちりと掴んだ。さらに今度は左腕を首の後ろに回し、左手で右の二の腕をがっちりと掴んだ。大男の首を腕組みして挟み込んだ形になる。そして両腕で大男の頸動脈を力の限り締め付ける。しかし、アメフトで鍛えられた太い木の幹を思わせる首筋は、どれほど力を加えようともびくともしなかった。

必死で男の背中にしがみいていると、後ろ向きで上体を思い切り壁にぶつけてきた。壁と男とに挟まれ押しつぶされそうになる。衝撃が背中から胸に掛けて走り、息が止まる。続けてもう一度。腕の力が抜けそうになる。次は少し間が空く。大男は前に数歩進んで壁との間に距離をとるつもりだ。これで助走をつけて背中から壁に体当たりされたら、これだけの体格差だ、おそらくひとたまりもないだろう。そしてそのとおり後ろ向きに壁めがけて勢いよく突っ込んでいく。

背中にしがみついていた彼は、男の胴を締め付けていた脚を外し、そのまま男の背中を蹴ってその反動で腰を思い切り持ち上げた。そして壁に伸ばした両足をついた。この間も両腕は首に絡めたままだ。周りの男たちからは、小男が大男の首に回した腕を支点に、壁の上に水平に立ったように見えただろう。

大男が立ち止まると、彼は水平まで持ち上げた腰を維持できずに、再び両脚を男の胴の位置に戻した。その途端に、いままで首を締めている腕を外そうともがいていた両手は、今度は胴を締め付けている両脚をがっちりと掴んで固定した。これでさっきのように両足で壁にぶつかる衝撃を逃がすことができなくなった。

再び勢いを付けて後ろに下がろうとする。しかし、足がもつれて彼を背負ったまま前のめりに倒れた。男は額が地面に当たる前にすでに意識を失っていたのだ。

大男は両膝をつき、両手を前に投げ出して地面に額をつけた格好で気を失っていた。その姿は神を崇めているようでもあった。いつのまに男の背から離れたのか、横には彼が立っていた。彼は射るような鋭い視線を、そこにいる全ての男達に向けて放っていく。真正面からゆっくりと一人一人の目を見つめる。しかし、誰も彼と視線を合わせようとしない。彼に睨まれると、うつむきそそくさとその場から立ち去っていく。

彼がぐるりとあたりを見回し終わると、少女の他は誰もその場に残っていなかった。
「腰抜けのクズ野郎どもが」
そう呟いた。

彼は少女と目が合うと急にニコリと笑った。少女も笑った。

彼はさっき畳んで鞄の上に置いておいたタンクトップやワイシャツを着てネクタイを締めながら、待たせておいたタクシーに乗り込んだ。
「待った分の料金はもらうからな」
髭もじゃのごついタクシーの運転手が言った。そのままタクシーは走り出した。

少女がタクシーを見送って家路を急ごうとすると、先ほどの黄色の薄汚いタクシーが勢いよくバックで戻って来た。何事かと少女が振り返ると後部座席のドアが開き、ちびでさえないサラリーマンが満面の笑顔で両手の親指を立てていた。乗れということらしい。どうやら家まで送ってくれるようだ。

少女はそれを見て、きっとお母さんは大丈夫だと思った。だって、今だって困ったとき神様は助けてくれた。お母さんだってきっと。

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